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photo: flickr / Andy Brill
シドニーから西へ、細長い湾を16kmほど遡った場所にあるホームブッシュ湾。今は再開発されていますが、この辺りはもともと工業地帯で、環境汚染が大変に酷かった場所です。ここに廃船エアフィールド号(SS Ayrfield)が浮かんでいます。マングローブの林で覆われ、まるでこの船自体が一つの世界のようです。
エアフィールド号は元々石炭運搬船として1911年にイギリスで進水しました。排水量1,140トン。第二次世界大戦中は軍のための物資運搬船として使われ、戦後は再び石炭運搬船になりました。1972年に退役し、備品等を外し解体されるためにホームブッシュ湾に移送されました。当時この辺りは船の墓場のような場所だったのです。しかし解体の途中でなぜか放置されることとなり、以来約40年に及ぶ、時の流れに船体を任せる航海が始まりました。他にもそうした放置船は数隻あるようですが、マングローブの林が繁茂しているのはエアフィールド号のみです。劇的なその姿から「浮かぶ森」とも呼ばれ、訪れる多くの人々を魅了し続けています。

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photo: flickr / Neerav Bhatt
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photo: flickr / Steve Dorman
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photo: flickr / Rodney Campbell
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photo: flickr / Louise
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photo: flickr / Louise


この辺りの汚染状況は大変に深刻で、湾につながっているパラマッタ川では獲れた魚を食べて良い量に制限があります。湾の部分では健康上の理由から釣り自体が禁止されています。そのような場所に置き去りにされた船ですから、実は湾の自然環境にとり良い影響をおよぼしているとは言えず、どちらかというと脅威としてそこに浮いていました。しかしそこでマングローブです。そのこんもりとした深緑を見ると、40年間かけて湾の環境を浄化しようとしている、まるで『風の谷のナウシカ』の腐海ででもあるかのような自然の復元力を感じませんか。

船と森(木)の組み合わせというと、ギリシャ神話のアルゴー船が思い浮かびます。50人の勇士がアルゴー船に乗り込んで金羊毛を探す冒険に出かける物語ですが、そのアルゴーの船体には「物言う木」が使われており、板が口をきいて近づく危険に対して警告を発したと言われています。この船はアルゴ座として星座になるほど有名で、堂々とした勇姿を夜空に浮かべていましたが、あまりにも巨大であるとして1756年にりゅうこつ座、ほ座、とも座の3つに分割されてしまいました。らしんばん座を加えて4つという説もあります。このアルゴ座を描いた絵があるのですが、そこには板ではなく生きた木としての「物言う木」が描き込まれています。船に生えている木のイメージとしては、未来の危険に対して警告を発するこの木がかなり面白くまた示唆的なのではないでしょうか。

つまり、産業廃棄物の象徴のようなエアフィールド号に育ったマングローブが、人類の未来に警鐘を鳴らしている。そちらの方向に進んでいっては危ない、ということを言うために、あるいはわざわざこの船の上に木が育ったのかも知れません。神意というわけです。もしそうであるならば、神話に基づいて考えると、この木は本当に口をきく木である可能性があります。検証のために、一晩ぐらい、あの小さな森の中で過ごしてみたいものですね。

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image: wikimedia  アルゴー船。「物言う木」が描き込まれている。
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image: wikimedia アルゴー船(アルゴ座)。船首の木に注目。

via: treehugger
via: My Modern Met