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image: Anastasia Taylor-Lind

コサックとはロシアやウクライナに住む、軍事を中心とした自治共同体を営む人々だ。もともとは、民族というよりは自由な生き方を享受する人々の集まりだった。ロシアでは、シベリアやアラスカなど、東方への領土拡張に大いに貢献した。中央集権的国家の支配の及ばない荒地や河川の周辺に暮らしつつ、中央の権力に時として弾圧を受け、時として反乱を起こし、また時として協力しながら20世紀まで存続してきた。

ロシア革命が起きソビエト連邦が成立すると、コサックはあからさまに排除されるようになり、共産党による徹底的な弾圧を受けた。飢餓状態に置かれることで人口も大幅に減少した。

1991年にソ連が崩壊するとコサックの復興を求める声が各地で上がり始めた。当初は小規模な運動だったが、コサックが持つ民族主義的傾向やロシア正教に帰依する傾向が政権の保守回帰指向と合致することから次第に勢いを増し、今では陸軍幼年学校の設立などを通じて政府の後押しを受けるようになった。現在ではコサックが正当な民族のひとつとしてロシア政府から認定されている。

アナスタシア・テイラー=リンド(Anastasia Taylor-Lind)が紹介するコサックの女性士官候補生たちも、そうして設立された幼年学校のひとつで学んでいる。ベラヤ・カリトヴァ市にあるアタマン・プラトフ校は、全寮制の幼年学校として初めて、正式に女子生徒を受け入れた。コサック女性で兵士になれるのは夫がコサック兵の場合のみというのが伝統的習慣だったが、今では全女性に門戸が開放されている。12歳から18歳まで約80名の女子生徒が、通常の学問に加えて、コサックとしての基本技能(乗馬、格闘技、剣術、ダンス等)や現代の兵士としての基本技能(射撃、パラシュート降下等)を習得している。

テイラー=リンドによると、この女生徒たちはアマゾネスの血を引いていると現地では語られているようなのだが、それについて少し考えてみる。

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all images: Anastasia Taylor-Lind



ベラヤ・カリトヴァ市はロシアの黒海沿岸、コサックとのつながりが深いドン川の流域にある町だ。この辺りには紀元前5世紀~紀元後4世紀頃にかけてサルマタイと呼ばれる遊牧民族が暮らしていた。イラン系の民族だという。大プリニウスの記述によると、現ポーランドのヴィスワ川からドナウ川に渡る地域に住んでいた。
中央アジアからヨーロッパにかけて、クルガンと呼ばれる土や石を積んで小高くした墳墓が点在しているが、サルマタイもこれを作った。
ドン川下流やヴォルガ川下流地域では、戦士の墓とされるクルガンが見られる。発掘したところ、その約2割に女性が葬られていたことが分かった。これらの女性戦士は完全武装をして男性戦士と変わらぬ姿で墓に納められていた。多くは弓とともに横たわっていたという。

ところでいまここに、アマゾネスという女性のみから構成される戦闘的部族の話がある。極めて有名な話だ。ギリシャ神話に由来する。その中でアマゾネスは、黒海沿岸に住んでいると描写されているのだ。狩猟を生業とする部族で、馬を飼い弓を使ったという。
このあたりの属性はまさにサルマタイの女性戦士と合致するのではなかろうか。つまり、その風習がギリシャ人に何らかの示唆を与えてアマゾネス神話が誕生した可能性があるのだ。アマゾネスはサルマタイだった、として話の飛躍を許すならば、いろいろなことが言えてくる。

サルマタイはその後異民族の流入などにより分散してしまうが、文化や記憶や遺伝子レベルでその地に留まったと考えてみる。コサックも今でこそひとつの民族として登録されてはいるが、もともとはある種の文化や生き方を共有する人々の集まり、多民族的集団だった。そうした中には当然サルマタイの人々や文化が流入したと考えても良いのではないか。コサックとは中心ではなく周縁の存在であり、分散した民族は周縁に居場所を見出すだろうからだ。

そうしてみると、三段論法ではないが、アマゾネスはサルマタイであり、サルマタイはコサックであると主張できる筋道が通じてくる。コサックの女性兵士の身体にはアマゾネスの血が流れていると言っても、あながち嘘ではないことになるのだ。

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all images: Anastasia Taylor-Lind

テイラー=リンドによると、ベラヤ・カリトヴァ市近郊で発掘された墳墓には赤い髮の女性戦士が眠っていたそうだ。写真を見たところ赤毛の生徒もちらほらとはいる。彼女らが実際に兵士として前線におもむく日が来るのか、アブハジアや南オセチアなど、この辺りは紛争地が近いので気にはなるところだ。しかし一日本人としては、おそらく今後の人生でこれら女性コサックたちと相まみえることはないだろう。彼女たちが何を感じ何を考えているのか、本当のところは分からない。写真を見つめるばかりだ。


wikipedia: コサック
wikipedia: アマゾーン
via: ANASTASIA TAYLOR-LIND
via: photographist