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photo: flickr / For 91 Days
マケッチ(makech, maquech)はメキシコのユカタン半島にマヤ時代より伝わる宝飾品です。生きた甲虫の背中に宝石や金鎖を取り付けてあります。金鎖には安全ピンを刺し、衣服につなぎ止めることで生きたブローチにすることができます。
言い伝えによると、昔、マヤの王女があまり裕福ではない青年を好きになり、将来を誓い合う仲となりました。王女の父である王はそれを聞くと、青年の命を奪うように命じました。娘を隣国の王子に嫁がせる心づもりがあったからです。王女は大いに悲しみ、青年に二度と会わないと約束するのと引き替えに、命を助けるように嘆願しました。王はこれを聞き入れましたが、王女と青年とは離ればなれになってしまいました。

王女は毎日毎晩を泣き暮らしました。そんな王女を見ていて不憫になったのでしょう、ある日、ひとりのシャーマンが王女のもとを訪れて、言いました。
「王は青年の命こそお助けになりましたが、王女様に恋心を抱いた代償として、青年の姿を虫に変えるよう私にお申し付けになりました。これがその虫です。あなた様があまりにもお嘆きになるので、せめてもと思いお連れしました」

王女は虫を手に取ると、ひしと抱きしめ、もう二度と離れないと誓いました。そして手元にあった数々の宝石で虫を飾り立て、自らの胸に止まらせました。王女のハート、すなわち心臓に最も近い場所が胸だからです。このようにして王女と青年とは、ついに結ばれることができたのです。この時の虫が後世に伝わり、マケッチとなりました。

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photo: Animal Mascota
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photo: flickr / Brian Russell
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photo: flickr / catheroy
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photo: flickr / Zelenij_zmej
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photo: flickr / Dany Grass
このマケッチ、学名をZopherus Chilensisと言います。日本名があるのかどうか定かではありませんが、科はコブゴミムシダマシ科(Zopheridae)に属しています。鞘翅が大変に固い虫で、一体化して固着しており飛ぶことはできません。背中に針を刺そうと思ってもできず、釘を打ってようやく貫通するほどだそうです。大きさは約4cm、枯木に発生する菌類を食べます。成虫となってから2ヶ月程度生きると言われていますが、8ヶ月という説もあり、正確なところは不明です。

餌や寿命に関しては、生涯のほとんどを幼虫で過ごし、成虫になってからはあまり餌を摂らないとか、そもそも眼や口や排泄器官をまったく持っておらず、空気を食べて永遠に生き続けるとか、さまざまな噂がまことしやかに語られています。幼虫期間が長いのはまだしも、永遠に生き続けることはないでしょう。もっとも、この虫は本来は長寿の象徴であったとも言われています。そうなると話は違った色あいを帯びてきます。永遠の命にあやかろうと、宝石で飾り立てて心臓の近くに止まらせておくのであれば、王女の悲恋の物語よりは文化的な説得力が出てくるのではないでしょうか。

いや、王女の物語にしても、青年と「永遠に一緒にいる」ことを永遠の命の言い換えと捉えるならば、やはりこれも長寿を追求していると言えるかも知れません。宝石は、物語では、王女が青年を美しく飾ってあげたという説明がなされていますが、「固い」という虫の属性を強化することで虫の寿命を延ばし、美しくすることで「命」に喜んでもらう、という発想ならば頷ける部分があります。

マケッチは装飾品店で3千円から5千円程度で売られているとのこと。ただ、現代では廃れ行く伝統とも言われています。冷静になって考えてみると、生きた虫の背中にガラス玉を接着してあるだけですから……。ネタとしては面白いですが、女性が本物のブローチとして用いるのはかなり勇気が要るのではないでしょうか。鎖でつないで虫の自由を奪うという直接的な飼育方法から、残酷だと思う人もいるようです。ともあれ、「生きたお守り」と考えると世界的に見てかなり珍しい存在であることは確かなので、文化遺産として残って行って欲しいものです。


動いているマケッチ。Youtube / Nicola Zordan

wikipedia: Makech(スペイン語)
via: Yucatan for 91 days
via: Yucatan Today